序章
時――不明。おそらくは遠い遠い昔――
場所――神州浩土(しんしゅうこうど)――
はるかな昔より、人類は周囲の世界であらゆる奇異を目にしてきた。稲妻と雷鳴、狂風暴雨、さらには天災人災によって無数の命が失われ、慟哭(どうこく)が野をどよもしたが、それらは人の力の及ぶところではなく、また防ぐこともできぬものだった。そこではるかな天の高みにあまたの神霊がおわし、深い地の底に死霊の行き場たる閻魔殿(えんまでん)が存在すると信じたのだ。
こうして神仙の伝説は広く世に伝わった。無数の民人がこれをあつく崇拝し、おのれの想像が作り上げた神々に向かって祈りを捧げ、さかんに供物を奉納した。
古来、人はいずれ死ぬ定めにある。しかし世人はみな死を憎み生を愛し、さらには地獄や閻魔王の伝説がいっそう恐怖を煽ったので、やがて長生不死という伝説が生まれた。
他の生き物と比べ、人類は肉体的には劣るかもしれないが、しかし万物の霊長の名は伊達ではない。長生への希求に駆り立てられ、代々の英才が次から次へと、全身全霊をかけて研鑽に打ちこんだ。
今のところ、真の意味での長生不死を得たものはまだいないが、しかし修練をつんだものの幾人かは、天地の神秘の一端に触れて、人でありながら強大な力をあやつり、さまざまな秘宝や法器の助けを借りて、天地を揺るがすほどの威力をふるうまでになった。
そして道を深くきわめた先達の一部は、千の歳月を経てなお生きているとも噂された。人々はかれらが修道によって仙人になったものと信じ、さらに多くが修行の道に入ったのである。
浩瀚無辺(こうかんむへん)たる神州にあって、もっとも肥沃で美しいのは〈中原〉(ちゅうげん)の土地で、天下の人口の十中八九がここに集っていた。その四周はみな辺境の荒地で、猛禽猛獣や毒をもつものが多く、また生肉を食らう蛮族が住み、人の近づかぬ土地だった。太古の世の生き残りが深山幽谷(しんざんゆうこく)に隠れ住み、万を超す齢を保っているとの言い伝えもあったが、それを目にしたものはいない。
今日に至るまで、修道者の数は枚挙にいとまがない。広大な神州には異才もまた数多く、そのため修練の方法も各種乱立して、ひとつとして同じものはなかった。長生の法を見いだせぬままに、これらの間にはやがて次第に派閥(はばつ)の区分と聖魔の境が生じた。ここから引き起こされた派閥の対立や明争暗闘、殺し合いは数多い。
長生不死という目標があまりにも遠く漠然としていたので、多くの人は次第に修練のもたらす力そのものを求めるようになった。
さて当今の世では、聖教(せいきょう)が大いに栄え、魔教(まきょう)は鳴りをひそめている。中原の大地は山美しく水うるわしく、人は活気に満ち物産は豊かで、聖教の諸派がしっかりと根を下ろしていた。なかでも青雲門(せいうんもん)・天音寺(てんおんじ)・炎華谷(えんかだに)は実力もっとも強大で、三大支柱として領袖の地位を占めていた。
物語は、この青雲門から始まる。
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