「~なる」の前の「に」と「と」は共に結果を表し、意味上の差はありません。ただし、「となる」は話し言葉で使われることは少ないので、 “重み” を感じさせる表現であることは確かですね。
文章上で両者をどう使い分けるかですが、実際のところ統一ルールのようなものはありません。例えば下記の2つのページは共に総務省が公開している文書ですが、「可能になる」と「可能となる」の使い分けの仕方が(1)と(2)ではまったく異なっています。
(1) 市町村合併のメリット(総務省)
http://www.soumu.go.jp/gapei/d2.html
(2) 報道資料(総務省)
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/080610_4.html
(1)の文書では、文の途中で使う場合は「可能となり、‥」で、文の終わりでは「可能になります」を使うという分け方をしています。
(2)の文書では、見出しでは「可能になりました」を使い、本文中では「可能となりました」を使うという分け方をしています。
つまり、使い分けの基準は書く人次第と考えて差支えないと思います。もちろん、一つの文書の中に理由もなく「になり」と「となり」を混在させることは避けるべきです。
「と」:相互的な動作の相手に対して使います。
例:昨日レストランで山田君と会いました。
この場合は話し手(私)と山田君は多分会う約束をしていたのでしょう。
「に」:相互的ではなく、一方的な動作の場合に使います。
例:昨日レストランで山田君に会いました。
この場合は話し手は偶然山田君に会ったのでしょう。動作が相互的な意味がないので「に」が自然です。。
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