http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129138137
ベストアンサーに選ばれた回答
dendenko123さん
「赤くないです」「赤くありません」、どちらも通用しています。
ただ、「赤くないです」は文法的に正しくないとされています。断定の助動詞「です」は形容詞に接続しないのです。つまり、「赤くない-です」は正しくありません。しかし、体言に接続しますから、「赤くないのです」なら正しいと言えます。
でも、「~ないです」は誰も使っています。これこそが国語の変化というものです。
「赤くありません」の「ありません」は「ないです」と同じ意味を与えます。どちらが丁寧かとなると、どちらも同程度に丁寧です。「です」も「ます」も敬体であり、「です」は丁寧な断定の助動詞であり、「ません」も丁寧な助動詞の否定形だからです。
<田子>
fontomanieさん
「赤くありません」は正しい日本語です。
「赤くないです」は文法上は誤った形ですが、同情の余地はあります。
「危ないです」「食べたいです」は許容せざるを得ず通用しているので、これを「準用」したものです。
口語日本語の五大欠陥の筆頭は、です・ます体の中で形容詞を文法的に正しく使えないことです。
「です」は「だ」の丁寧な形で、名詞や形容動詞語幹につきます。
間違いだ→間違いです
明らかだ→明らかです
「危ないだ」が言えない以上「危ないです」は誤りです。
「危のうございます」は正しい日本語ですが、ワンランク上になります。
「危ないのです」では別のニュアンスが加わります。
それで、違和感を覚えつつ「危ないです」を許容せざるを得ないのです。
先人は形容詞を動詞と同じように使うために「カリ活用」を作り出しました。
その結果、
「高からむ」 (推量)、「高からしむ」 (使役)、「高かりき」 (過去)、「高かるべし」 (当然・推量など)、「高かれ」(命令)
などの表現が可能になりました。
ところが、口語が成立するとき、「高かろう」「高かった」の二形以外の「カリ活用」が継承されず、
「高かります」の形は生まれなかったのです。
* カリ活用は次のような表現に生き残っています。
「一言あってもよかりそうなものだ」「よからぬことを企んでいる」「楽しかるべき修学旅行が…」「幸多かれと祈る」
カリ活用が無理なら一つ遡って (高かり←高くあり)
「危なくあります」
と言えば文法的に正しくはなりますが、これも共通語には定着しなかったので、方言か二昔前の兵隊さんの言葉と受け取られるでしょう。
でも、打ち消しの場合「危なくないです」と言わなくても、「危なくありません」が共通語として通用するのですから、
「危なくあります」の消え去ったことが残念でなりません
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